湖東三山 百済寺

カテゴリ:近つ淡海の国(滋賀)
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湖東三山の第三弾
天台宗 釈迦山(しゃかざん) 百済寺(ひゃくさいじ)
くだらじ と読んでしまいそう
そのはず 百済(くだら)人ゆかりの寺で
推古天皇の時代に聖徳太子が創建された古刹。
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本来の参道は途中まで通行禁止になってます
もう少し遅い時期にくると
この参道は真っ赤かも
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この門の向こう側から入門しますが
本来はこちら側からが入口。
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急坂な参道に人気を呼びそうな演出はひとつもありません。
右側の側溝は杉の枝に覆われてます
でもここに水が流れる音が響いてます。

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草鞋(わらじ)が下げられた門には
守護の阿吽像があるのですが
暗くて撮影に失敗しました。
どうも金剛力士像のようです。
でもやっぱり阿吽は左右逆のよう。

この寺に限らず
この時代の近江や京の寺は
国内の争乱や宗派の対立を背景に
兵力を保持していて
同じ天台宗間や他宗教間、浄土真宗間でも血で血をあがなう歴史があったということです。
この僧兵の威力に果敢に挑戦したのが信長
信長の焼き討ちに遭った寺は
近江や京だけでなく
和歌山にも及んでいると各寺の立て札に書かれています。
昔は日本にもあった宗教の武力対立が今ないのは
信長の功績だとか
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重文の本堂
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なんか 奇妙な 葉は
三椏(みつまた)というのだそうです。
枝は同じところで必ず三つに分かれ
その先に分岐も三つ。
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菩提樹
こんな形の菩提樹は初めて見た
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はるかな近江安土の遠望
右の方には信長が着目した安土城の山
はるかに比叡山を望める
この遠望を
日本の歴史を変えた やんちゃ坊主はどう感じたのか

この百済寺の広大な敷地は殆どは山で
その至る所に宿坊があったらしいですが
今はハイキングコースの観
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小野道風の筆跡だという 下乗

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