相国寺

カテゴリ:京の都
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臨済宗 相国寺派 大本山
萬年山   相国しょうこく 承天じょうてん禅寺ぜんじ
通称  相国寺しょうこくじ
金閣寺や銀閣寺は相国寺の山外塔頭

永徳2年(1382)足利義満の発願により建立
10年後に竣工と
開山は夢窓疎石

当初の境内は
144万坪(476万平方メートル)あったとか
東京ドーム100個分!

京都御苑の今出川御門から北を見ると
同志社大学の向こうに総門が見えます。
左側には数少なく残る
公家屋敷の冷泉家。


総門


勅使門


天界橋と放生池(功徳池)
今はハスの鉢がみえるばかり


遠くに庫裏が見えます。


三門跡
礎石が残っています。

法堂の手前の
仏殿の跡


法堂


西に抜ける境内は
人々の生活道路
自転車も走り抜けます


経蔵

後水尾院天皇歯髪塚


中国と繋がりが深く
交流記念の鐘がある


浴室
 宣明 せんみょうと呼ばれる


奥が方丈
特別拝観時にしか入れません


庫裏


弁天社


鐘楼( 洪音楼 こうおんろう


東の入り口
こちらも生活道路

Comments 2

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bodai_ju  

懐かしい!

相国寺、懐かしい、実に懐かしい!
30代の初めころから、相国寺の専門僧堂の大接心(1週間坐禅修行に専心する)に参加していました。
臨済宗本山専門僧堂の大接心は一般の人を入れてもらえないのですが、相国寺専門僧堂は京都大学の「智勝会」という会に入っていると、入堂を許されるのです。
60代はじめに心臓病になり、厳しい大接心はできなくなって通うのは止めたのですが、それまでよく通いました。
もし、神さま(something Great)がいて、一つだけ願い事を聞いてくれるなら、もう一度若さを貰って相国寺専門僧堂の大接心に参加したいと思います。

2020/01/13 (Mon) 16:54 | 再編集 | 返信を書く |   
hige

hige  

To bodai_juさん

そうでしたか。
若さってはかないですね。

私は小市民ですので、今は私なりの共感がどう得られるのかを探すばかりです。
人生の殆どは仕事と酒で過ごしてきたのですが、これからなにか発見できることがあるんやろか。

2020/01/13 (Mon) 18:29 | 再編集 | 返信を書く |   

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